股関節の痛み
股関節は「意識しにくい関節」ですが、「歩く」や「立つ」に大切な役割を持ちます
股関節は人体で最大の関節です。体重の3倍ともいわれる負荷に耐えて体重を支え、人間の基本的な動きである「歩く」、「立つ」、「座る」など足の様々な運動を可能にしています。
また股関節は、最も「意識しにくい」関節です。すなわち、股関節は周囲を分厚い組織に囲まれ、身体の深部に位置しています。直接見ることも触れることも難しく、人体の中では非常に意識しにくい関節です。その結果、異常が生じていても軽度のうちは症状もでにくく、また股関節に由来するものとは気付きにくいといわれています。
股関節は日常生活に関わるほとんどの動きと連動していると言っても過言ではないほど重要な部位です。異常が生じると、日常生活動作、生活の質ともに深刻な影響を与えます。早期に治療が開始できれば、比較的軽度な変形は日常生活の中で行えるケアによりある程度の改善が見込めます。ただし、骨の変形は一度起きるともとに戻すことは難しく、それ以上の進行を早期に食い止めるか、症状を緩和するための対症療法を行うかが基本的な考え方となります。異変を感じたらまずは早期に診察にお越しください。
股関節は脊柱から膝にいたるまでさまざまな動きに連動しており、その障害は日常生活動作において深刻な事態に至る危険があります。股関節だけでなく連動している脊柱や膝にまで障害が起きれば、寝たきりの状態を余儀なくされるなど生活の質も急激に低下します。治療にあたっては股関節だけでなく脊椎や膝までひとつの運動器としてとらえた総合的な改善が求められます。
股関節に異常を生じる原因
骨折
転倒した際の強い衝撃によって股関節を骨折することがあります。特に大腿骨の頸部で骨折が起こりやすく、骨粗鬆症を患う高齢者や更年期以降の女性に多発することが特徴的です。股関節を骨折すると立つことも歩くことも難しくなります。
関節の変形
運動や体重の影響、加齢変化、先天的な形状不全による問題などによって股関節のクッションとなるべき軟骨にすり減りが生じます。状態が進行すると痛みが生じ、関節を自由に動かせなくなります。
股関節周りにある筋肉の付着部で起きる炎症
太ももの前側にある筋肉の腱が骨盤の付着部で損傷を受けると(大腿直筋部分損傷)、周囲に炎症を引き起こします。関節周囲の軟部組織損傷は拘縮を招きやすく、適切な治療を行わないと動作時痛が続いてしまう場合があります。
主な症状
- 脚のつけ根の痛み
- 歩くときに足をひきずる
- 立つことが難しい
- 座ることが難しい
- 足の長さが左右でちがう
- 階段を上り下りする際に脚のつけ根がつまる感じがする
- 足の爪切りができない
- 靴下が履きづらい
- 車やバスの乗り降りの際には必ず手すりが必要となった など
股関節はさまざまな日常動作に関わる重要な部位です。何らかの異常を感じたらまずは早期に診察にお越しださい。
代表的な病気
変形性股関節症
股関節の変形により軟骨が擦り減ってくると、痛みや関節運動障害が出てきます。この状態を変形性股関節症といいます。有病率は日本人男性で1%、女性で6%と女性に多く、全体で120万~510万人です。発症年齢は平均40~50歳とされています。原因は、動作・運動による負担や体重の影響や加齢などの他に、生まれつき股関節が脱臼していた(先天性股関節脱臼)、または股関節の「受け皿」が生まれつき浅い(臼蓋形成不全)などです。
症状は、股関節(脚のつけ根)の痛みと可動域(動かせる範囲)制限となります。初期には、股関節が歩きはじめに痛い、長く歩くと痛くなる、などですが、 進行すると運動しない場合でも常に痛む(安静時痛)、寝ているときでも痛みを生じます(夜間痛)。階段昇降やしゃがみこみ、立ち上がりなども不自由になります。可動域制限が進行すると足の爪切りや靴下の着脱、正座などが困難になります。
検査はレントゲンが中心となりますが、MRI・CTなどによる評価が必要となる場合もあります。
治療は、股関節にかかる負荷を減らす生活指導、股関節の安静、運動療法、鎮痛剤の使用などが基本となります。重量物作業や体重など股関節にかかる過度の負担を減らすことは重要です。痛みのある方と反対側に杖をついたりするなど歩行補助具(杖・歩行器)は疼痛、バランス、歩行能力の改善が期待できます。運動療法は痛みや機能改善に有効です。運動の種類としては有酸素運動や股関節周りの筋力増強訓練、ストレッチが有効です。また浮力が働いて関節の負担が少なくなるプールでの水中運動も推奨されています。進行した関節症で治療効果が乏しい場合は手術治療を検討します。
変形性股関節症では大腿骨頭の変形と関節裂隙の消失がみられます。
発育性股関節形成不全(先天性股関節脱臼・臼蓋形成不全)
以前は「先天性股関節脱臼」といわれていましたが、最近の研究により、必ずしも先天的な要因のみで発症するわけではないことがわかりました。そのため赤ちゃんの股関節が脱臼している状態に加えて、さまざまな程度に不安定になっている状態を含め、「発育性股関節形成不全」というようになりました。
股関節が脱臼してしまう要因として、生後0から3ヵ月頃の新生児期での抱き方、寝かせているときに股関節を伸ばしていることなどが考えられています。赤ちゃんの股関節がはじめから脱臼していることはごく稀です。
赤ちゃんの股関節が脱臼しているか、不安定な状態なのかは外からは見つけづらく、脱臼している場合、脱臼している側の股関節があまり開かない、大腿のしわの位置が左右でずれている、といった症状がみられることがあります。これらの所見は乳児健診で指摘されることが多いですが、脱臼していても絶対みられるわけではありません。歩くようになった後では、歩くときの左右の動きに差が見られます。女児、骨盤位分娩、股関節形成不全症の家族歴がある方では、股関節脱臼の可能性が高いことが知られています。
検査としてレントゲンが有用です。しかし骨頭がほぼ軟骨で、まだ十分に骨の成分になっていない乳児早期にはレントゲンでは関節の適合性を判断することが難しい場合もあります。
治療は、脱臼している骨頭を寛骨臼の中に戻し、また外れないように安定させることが大切です。これを「整復」といいます。
生後2か月くらいまでは骨頭が極めて弱いのと、股関節の姿勢に気をつけることで自然によくなることもあるので、特別な治療は行いません。
生後3〜6か月までは、リーメンビューゲル装具というベルトを体に巻いて、股関節の格好を整えます。この装具治療は外来通院が可能で、約80%の方はこれだけで整復されます。
生後6か月以降では股関節を持続的に牽引して徐々に戻していく方法が行われます。徐々に戻すことで負担は少なく骨頭障害が生じる可能性は低いですが、長期間の入院を要します。2歳頃までなら、牽引によりほとんどが整復されます。牽引により整復された後は、約1ヵ月の体幹ギプス固定と、それに引き続いての体幹装具治療を3~5ヵ月程度行います。
2歳以降ではじめて診断された場合や牽引でも整復されない場合は、手術により整復されます。同時に、大腿骨や骨盤を切って方向を変える操作が必要になることもあります。治療時期が遅れるほど、複雑な手術が必要になります。
関節リウマチ
免疫異常によって体の中の正常組織を傷害する物質(自己抗体)が産生されることによっておこる病気です。基本的な治療は内科的な薬物療法になります。全身のあらゆる関節が影響を受けますが、股関節は関節リウマチで障害されることが多い関節の一つです。病気の勢いがコントロールできないと股関節内の炎症性滑膜のために関節軟骨や骨が徐々に溶けてきます。いたんだ軟骨と骨に体重がかかることで関節の破壊がさらに進みます。結果として、股関節の破壊が大きくなると痛みが強くなり歩行などの日常生活動作が著しく制限されます。このような場合は人工股関節手術が有効となります。
大腿骨頭壊死症
大腿骨の先端部分(骨頭)に通う血管が詰まり、血流が悪くなることで骨細胞が死んでしまう(壊死といいます)病気です。最初は骨頭の形や軟骨は正常で痛みもありませんが、死んだ骨がつぶれると関節が変形し、痛みや歩行障害が発生します。骨の壊死は急激に起きることもあれば、長い時間をかけてゆっくりと進行するケースもあります。年齢問わず起こりやすい病気であるため警戒が必要です。
男性ではアルコール多飲、女性では他の病気の治療(全身性ループスエリテマトーデスなど)でのステロイド使用歴のある患者さんが多いとされますが、それらを含め骨頭の血の流れが止まる理由はほとんどが原因不明(特発性)です。
壊死の範囲が小さければ経過観察か骨頭の骨切り術をして壊死のないところで体重を支える手術をしますが、 骨頭の破壊が進めば人工股関節が必要になります。
上に示したMRIは、両側性の大腿骨頭壊死症です。赤矢印の部分が壊死しています。
大腿骨頚部骨折
大腿骨頸部骨折とは、股関節の内側にある「大腿骨頸部」と呼ばれる部分が骨折することをいいます。症状は股関節の痛みと力が入らないために転んだその場で動けなくなります。ごくまれに骨折部がかみ込んだり、ひびが入った程度の場合は歩くこともできますが、股関節部の強い痛みが続きます。
転倒や事故によるケガだけでなく、骨粗鬆症が大きな引き金となりやすい疾患であるため、ご高齢の方や更年期以降の女性は特に注意が必要です。骨粗鬆症によって骨がもろくなっていると、つまずいたり、ベッドからずり落ちたりなどの軽い衝撃でも容易に大腿骨頸部骨折が引き起こされます。この骨折は60歳以上で徐々に増加し70歳以降になると急増します。高齢化社会を迎えて、患者数は年々増加しており、2010年には約17万人でしたが2030年には約26万人、2043年には約27万人と予測されています。
検査としてはレントゲンが有用です。骨折が明らかな場合はここで診断がつきます。しかし骨折線が細い場合は最初に撮影したレントゲンでは確認できないことがあります。痛みが続くにもかかわらずレントゲンで骨折が確認できない場合はMRIを行い骨折の有無を確認することもあります。
大腿骨頸部骨折は治りにくい骨折の代表格です。ギプスやベッド上安静だけでは治るのに長い時間がかかります。高齢者の場合は、その間に立ち座りのみならず、痛みのために自由に身体が動かすこともできません。その結果、寝たきりになり、床ずれを作ったり肺炎を起こしたりして徐々に弱ってしまいます。そのため治療法は、ほとんどの場合で手術をして術後早くから歩けるようにリハビリを行うことになっています。
手術方法は骨折の状態により、骨折した骨頭を摘出して人工骨頭置換術を行う場合と特殊な金属材料で固定する場合があります。
大腿骨頸部骨折の予防法としては、骨粗しょう症の予防・治療を行うこと、そして転倒防止に向けた環境づくりが重要となります。骨粗鬆症の予防・治療は該当するページをご覧ください。転倒しにくい環境づくりとは、自宅の床にはなるべく物を置かないように心がけ、わずかな段差をなくす、手すりを設置するなどがあげられます。
診断に必要となる各種検査について
股関節およびその周辺の病気、ケガについて正確な診断を行うために各種画像診断が用いられます。
レントゲン
関節の骨に関して形態的な異常の有無について詳しく観察することができます。またさまざまな角度に膝を曲げて内部の骨の動きを観察することが可能なため機能的な問題を確認することも可能です。さらに複雑な動作においてもレントゲン検査では連続した撮影が可能なため、どのような動きをした際に痛みを生じるかを画像と結びつけることができます。
CT
股関節における骨の形を立体的に把握することができます。変形性股関節症の診断および病態把握に有用であると同時に、手術の術前術後の評価にも用いられます。
MRI
靭帯や腱、筋肉などといったレントゲンでは捉えにくい軟部組織を可視化し、内部的な異常を明らかにすることができます。また大腿骨頭壊死を診断する上で有力な検査の一つです。様々な角度で切った骨頭の断面から早期発見と壊死部の存在範囲を確認することができます。
治療について
生活指導(体重コントロールや杖の使用など)、運動療法(筋力訓練やストレッチング、水中運動など)、温熱療法、薬物療法(内服)などがあり、患者さんの全身状況や病気の状態をもとに適する治療を行います。ただし、股関節にまつわる疾患は基本的には対症療法となります。
定期的なレントゲン検査を行い関節障害の進行性や治療効果がどの程度あるのかを確認すること、また副作用はみられないかなど経過観察を丁寧におこなうことが大切です。
薬物療法
消炎鎮痛剤やブロック注射などを用いた薬物療法で痛みを緩和します。
装具治療
杖や装具などを用いて日常生活に関する動きの改善、歩行の際の痛みを軽減します。
リハビリテーション
当院では機器を用いて効果的な筋肉のリラクゼーションを図り、血行改善や代謝の循環を促進させる物理療法が用いられます。それと同時に股関節周りの筋肉や靭帯のストレッチ、柔軟性を高める筋力訓練などを行って症状の軽減を図ります。当院では疾患の進行抑制につながる多彩なリハビリテーションを取り扱っております。
手術治療
股関節の変形が顕著になると、日常生活を送るのが困難になるほど重度な症状がみられることがあり、その場合には人工股関節置換術などといった高度な手術治療が用いられます。また大腿骨頚部骨折の場合もそのほとんどの場合で手術治療を必要とします。
当院の取り組み
股関節は脊柱から膝にいたるまでさまざまな動きに連動しており、その障害は日常生活動作において深刻な事態に至る可能性があります。そのため治療にあたっては、股関節だけをピンポイントで治すのではなく、脊椎から膝にかけてひとつの大きな運動器としてとらえた総合的な改善が大切です。
当院では院内で行うリハビリテーションのほか、ご自宅でも取り組める効果的なストレッチや日常生活におけるさまざまな動きの工夫についても細かくアドバイスさせていただいております。早期に治療が開始できれば、比較的軽度な変形は日常生活の中で行えるケアによりある程度の改善が見込めます。
股関節の変形が重度の場合には、高次医療機関にて専門的な手術治療をお受けいただく必要があります。また、乳幼児の発育性股関節形成不全に関しては、こども医療センターなど小児専門の施設にて治療を受けられることをおすすめします。いずれにおいても当院から専門医療機関へのご紹介を行っておりますのでご相談ください。